宇賀部神社

フィリピン・ルバング島に派兵され、終戦を迎えても任務解除命令が届かなかったため現地で29年間を過ごした、元陸軍少尉の故・小野田寛郎さん。そのご実家が守るのがこの宇賀部(うかべ)神社です。祭神は宇賀部大神(うかべのおおかみ)。うかべとは頭(こうべ)のことで、頭の宮とも。
カーナビに任せると県道160号線を走らされますが、ワコーの建物を目印に県道161号線矢口橋東詰交差点を北に曲がるのが正解のようです。私たちは車で進めなくなり途中で置いて田圃の中を歩いて行きました。

さて、頭ってなんでしょう。地元の伝承や小野田宮司家の口伝によれば、それはこの地の長であった名草戸畔(ナグサトベ)の頭です。戸畔とは女性の首長のこと。名草軍は五瀬命、 狭野命(後の神武天皇)らの皇軍が紀の川に上陸しようとしたところを撃退、兄の五瀬命を討ちとりますが、後に熊野から上陸に成功した狭野命が政権を取り、名草戸畔は賊軍となります。

こちらが本殿。この背後の山に名草戸畔の頭が葬られているそうです。

宮司さんにはとても親切にして頂きました。ここには小野田寛郎さんゆかりの品々が展示されています。冷たいお茶まで頂き、いろいろ見せてくださいました。中央上の額に入っているのは、小野田さんが戦地で肌身離さず胸ポケットにしまわれていた千人針です。すっかり擦り切れてしまっていますが、毎年正月近くなると川で洗っていらしたそうです。

昭和49年、作戦解除命令書伝達式を受け帰国された小野田さんは、日本の変わり果てた姿に絶望してブラジルで牧場開拓を始めましたが、昭和55年の衝撃的な金属バット殺人事件や自殺、ひきこもりなどに心を痛め、その後青少年の育成に尽力されたそうです。

1 Comment

  1. eresse
    2019年9月24日

    正確に言うと小野田さんの実家ではなく小野田一族の本家がこの神社の宮司職ですね。

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