2006年12月アーカイブ

旅人放浪記 第十六話 雪谷

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 ビブロストに春が訪れた。楽しそうに歩く人々(この小説では人とは人間だけを指す事もあるがこの場合は人間以外の種族も含める)の中には由紀もいる。彼女は後にしてきた故郷の春を思い出してしまい、ホームシックの念にかられた。

戦闘訓練が一段落した後、由紀はオリバートの喫茶店に行った。
「増田さんっていうのはあんた?」
由紀は話しかけられて振り向いた。話しかけたのは由紀と同じ歳位の少女だ。ポニーテールの黒い髪はとても良く似合う。ジーンズに薄い水色の防水パーカーを着ている。先が矢印のようになった尻尾とコウモリの翼のような大きな翼を持つ。
「そうですけど、あの、誰ですか?」
不思議そうというより怪訝そうな顔をしている由紀に少女はお構い無しに、
「あたしはシグ。炎使いだよ。」
と、笑顔で普通に自己紹介した。それからようやく由紀の怪訝そうな顔に気付いたらしく、
「どうかしたの?」
と、不思議そうに訊いた。
「何で私の名前知ってるの?」
由紀が訊いた。
「ガルムと知合いなんだ。」
と言った。由紀は以外そうな顔をした。
「シグか。?」
由紀の父がやって来て言う。
「太一、もっと早く来てよ。」
シグが言う。太一とは彼の名前だ。
「来るのが早いじゃないか。」
太一が言う。しかしシグは、
「あんたが遅いだけ。」
と言う。
次の日、由紀はビブロスト由紀はビブロストから旅立たなければいけないと聞かされた。
紺色のジャケットを着て黒い長ズボンをはき荷物を背負った由紀の姿がある。
「ワープホールをくぐった先でシグと落ち合うだろ。」
父が言った。
「はい。」
由紀は笑顔で返事をした。ワープホールが現れた。
「気を付けてな。」
父の言葉に由紀は分かっているとでも言わんばかりの笑顔を向けながら手を振り、ワープホールをくぐった。
そこは見渡す限りの大草原だった。背の高い草が風に揺れている。由紀は途方に暮れたようにそこにしばらく立っていた。しかし突然、
「うわっ!!!!」
由紀は何かに強く押されて勢い良く前に倒れた。  少女が爆笑する声が聞こえた。少女が背中に乗っているせいで由紀は動けなかった。
「誰なの?」
由紀が聞いた。だがこの笑い声はどこかで聞き覚えがある。
「あたしだよ、シグだよシグ。」
由紀は体をひねって顔を見た。やっぱりシグだ。
「後ろから飛んできてたのに気付かなかったの?」
シグは嬉しそうだが、由紀にとっては災難だ。
「分かったからどいてよ。」
由紀は訴えたが、シグは気が進まないらしい。理由は、
「でもここ気持ちいいなあ。寝心地いいし。お休み。」
荷物はなるべく減らしてあるし、シグは翼で飛べるように体はなるべく軽くなるような構造をしているがそれでもたまらない。
「冗談だって。」
シグはどいた。その日はそこで野宿した。
次の日から二人は「雪谷」という超人族の国を目指した。
一週間程かかって着いた山を下山し、森の中を歩く二人は誰かに見られているような気がした。
「ねえ、誰かに見られてない?」
由紀が訊いた。
「雪谷のみんなじゃないかな。」
シグが言うと同時に四方八方から雪谷の住人たちが出てきた。
「こんにちは、旅人さん達。」
住人達はあいさつした。髪は茶色か黒で眼はみんな灰色だ。もちろん超人族なのでみんな美しくて不老不死だ。独特の雰囲気の衣装を身にまとっている。二人はみんなと歩いた。
雪谷で泊めてもらう舘でガルムと再開した。また、ファルコンという少年にも会った。
「そういや、隊長(コルビ)はどこ行ったんだ?」
ガルムが言った。
「どうせ彼氏とデートじゃないの?」
シグが言った。そしてその言葉は正しかった。
「ひさしぶりじゃないか。」
コルビの彼氏、アルタイルが言った。コルビはちょっとだけ笑って見せてからあいさつ程度に彼に抱きついた。
「元気だった?アル。」
コルビが訊いた。それから二人はいろいろと話し始めた。その話の中でアルタイルの母の話にふれた。
「最近、左手が前よりも動かなくなってきてるんだ。」
アルタイルは顔を曇らせた。
「彼女、今どこにいるの?」
コルビが訊いた。だがちょうどいいタイミングで本人が現れた。コルビは表情を閉ざした。
「あら、コルちゃん来てたの?」
アルタイルの母が言った。彼女は多分、雪谷では一番の年上だ。アルタイルが生まれる前に夫を亡くし、その事故の時に左肩から下が不自由になった。
見ると、前はもっと動かせたはずなのにもうかすかにしか動いていなかった。心配するコルビに大丈夫だと笑って見せるが大丈夫ではないのはお互いに充分わかっていた。
ところで、雪谷の領主、雪谷卿のイブは由紀と会っていた。
「近くにいらっしゃい。」
透き通った声の女性は優しく話かけた。由紀はおそるおそる部屋に入った。黒い髪に青い眼の女性だ。背中には鳥のような大きな銀色の翼が生えている。おそらく天使だろうが、眼に白い光が灯っていないのからすると混血だろう。
イブは優しく微笑んだ。由紀は少しほっとした。彼女は雪谷卿であり、レンジャーの大ボスなので緊張していた。どんな人か見当もつかなかったが、優しそうな人だ。しかし、どこか恐ろしかった。
<解説>
以上、第十六話でした。このながったらしい文章を最後まで読んでくださった方は多分ほとんどいないと思います。もしおられたのだとしたら作者エラノールは感謝感激雨あられです。