2010年5月 9日
垣根の修繕
この垣根を作ってもう8年程経った。竹は痛んで数年前に全部変えたが、まただいぶ腐ってきたところのこの冬の大雪で、すっかり壊れてしまった。今年は否応なく修繕。竹は全て廃棄。杉(だったと思う)の杭は化学塗料の Xyladecor を塗ってそのまま利用。写真は途中の横方向の竹を仮留めしているところ。
今回、最初の横方向の竹を銅線で仮留めしてみた。
位置が決まったら杭の部分の縦横の竹を揃えてシュロ縄で結束。
次に縦方向の竹の位置決め(マーキング)。
錘を使って垂直を出す。
縦方向の竹は地上高より 10 cm 程長目に切って、槌で打ち込む。水糸を張って頭を揃える。大袈裟なようだが、人間の目は案外敏感で、ここまでしないと歪みが気になってしまう。
シュロ縄で結束してできあがり。延べ5日かかった。ふう。
2010年5月 5日
ジャスミンの支柱
ジャスミンとはツル性の植物なんでしょうか。何年か前にツレアイが庭に植えたものの、ツルのさばきようがなくて困っていました。オベリスクという程でもないが、ショップで手頃な針金細工を見つけてきたのでこれを利用してみます。
まず作業しやすいようにツルをさばいてシュロ縄で束ねる。
銀トンボ(スコップ)で溝を切り、針金細工を沈める。ピンも打ち込んだ。
溝を土で埋める。
できあがり。
2010年4月11日
net.USB (ETG-DS/US) インストーラの不備
当家では今も EPSON の2004年モデルのインクジェット一体型プリンタを使用している。当時はプリンタのネットワーク対応はほぼオフィス向けレーザープリンタに限定されていた。そこで当家では最近まで PCI Mini-101M というプリントサーバを使用していたが、デスクトップPCを Windows 7 にしたところ仮想USBソフトが使えなくなってしまった。XP mode でもだめ。
最近は安価な一体型プリンタもネットワーク対応しているのだが... と横目で見つつ、結局 Windows 7 対応を謳っている net.USB (ETG-DS/US) をポチッとした。これで2004年モデルプリンタもまだしばらくいける、と思ったのだが。

繋がらない。いつまでもここで止まっている。数十秒後メッセージもなく終了するが繋がっていない。当初このプリンタの特有の問題かとも思ったのだが、USBメモリスティックでも同じ。もしやと思って試しにファイアウォールを落としてみると繋がるじゃないですか。ググってみると(こちら)このシステムは sxuptp というサービスで通信しているらしい。
因みに当方のシステムは Windows 7 64-bit Ultimate Edition。ネットワークアダプタはホームネットワークに繋がり、ルータも ETG-DS/US もホームネットワーク内にある。
同じ目に遭った方は、まずファイアウォールを無効にしてみて、それで動作するようなら次のように設定変更を試してみて頂きたい。
コントロールパネルからシステムとセキュリティ⇒Windows ファイアウォール⇒詳細設定⇒受信の規則と進むと、一覧の中にインストーラーが設定した net.USB クライアントと SXUPTP という規則があるはずだ。この SXUPTP を右クリックしてプロパティを開き、詳細タブを選ぶ。

当初はプロファイルのパブリックにチェックが入っていた。当方の環境ではこれを上図のようにプライベートに変更すると接続できるようになった。まず全部にチェックを入れて動作を確認し、次に必要なチェックを残すようにすると良い。
ETG-DS/US がパブリックネットワーク上にあるという状況はちょっと想像しかねる。インストーラはデフォルトでプライベートにもチェックを入れるべきと思う。
2009年11月23日
柱の塗装
前回ガレージ入口の柱を塗装して2年経った。前回塗装しなかった柱もハゲが目立つようになり塗装に取り掛かった。
なぜまたこの季節かというと、夏の間は休日でしかも晴天に恵まれれば絶対に畑の仕事をするから。今日は晴天でしかも休みがあたるというとても貴重な日。
作業をしようとすると、おっとお、また家の前に野菜が置いてあるよ。どなたか存じませぬが感謝感謝。我が家の前に毒野菜を置いていかれたら一家イチコロだね。
前回モルタルに大きな染みをつくって娘の顰蹙を買ったので、今回はマスキングを施す。
塗装して柱はきれいになりましたが、マスキングは全然だめ。テープとモルタルの間に毛細管現象でペイントが入り込んでこの通り。
2009年8月31日
VAIO ハードディスク換装
2003年6月に購入した VAIO PCG-U101/P。ハードディスクの寿命が心配になってきた。この VAIO には MK3004GAH (30GB) が内蔵されている。昨年東京出張の際、MK6006GAH (60GB) を調達した。その後ピン互換のシリコンディスクも発売されましたが、やはり高嶺の花ですねえ。その後も結局ディスクが壊れることはなかったが(無線LANの方こそ調子悪い)そのうち本体もどうなるかわからないし、出番がなくならないうちに換装することにした。
手順は主にこちらを参照(お世話になりました)。U101はトップクラスの難度ですとある。確かにその通りで...
こちらの外したネジの保管のしかたが気に入って、マネしました。番号もそのまま使わせて頂いております。
マザーボードを単離して今からディスクを入れ替えるところ。
分解はやはり困難を極めた。特にコネクタ類。そもそも一回組み付けて終わり、の設計である。手では抜けず、ラヂオペンチを使うと注意深く引き抜いてもコネクタはつぶれてくる。
特にこのマザーボードとオーディオ基盤を結ぶこのリボンケーブルを引き抜くときに損傷してしまった。〇のところ、導線3本程ちぎってしまった。マザーボード側のコネクタをラヂオペンチで引き抜こうとしたのだがこれはボード側に固定で、ケーブルだけを抜くべきところコネクタを抜こうとしてペンチが滑って外れたときに損傷。
一応 VAIO 修理センターに電話もしてみたのだが、オペレーターのおねえさまに「お譲りできる部品とできない部品とがございます」と諭される。このリボンケーブル、ソニーの関連会社(?)の flexible flat cable という商品だった。しかも aitendo というところが1本から売ってくれた。救世主。無事組み立て直すことができました。
この VAIO の分解は... もう2度としたくない。
2009年7月 5日
網戸の張り替え
新築9年半、昨年頃より網戸の網が一斉に破れてきた。
北向きより南側が早く、7~8年の紫外線暴露で破けるのだと思う。
夜はせっかく涼しいのに、窓を開けられずエアコンを入れるのでは電気がもったいない。かと言ってもちろん業者に修理してもらうほど我が家は裕福ではない。そこでやっぱり自分たちで修理。
網戸の網は、このようにサッシ枠の溝に押さえゴムで固定してある。ゴムをキリなどでほじくり出すと網が外れてくる。つまり網の張り替えはそれ程の特殊技術は要らないということ。ホームセンターで下記を入手する。
①網 欲張って丈夫なクラスファイバーなどにすると最後のカッティングで苦労する。また、外のよく見える黒色系は夜外からよく見えるとも言えるのでそこを考えること。
②網押さえゴム いろいろな太さがあるので、確認用に古いゴムを少し外して買いに持って行くと良い。
③専用ローラー 写真下記。
④クリップ 専用でもなかろうが、ちょうど良い大きさのものがちゃんと一緒に売っていた。
⑤カッター これは一般の事務・文具のカッターで良い。
以下網張りの様子です。
少し長めに切って、クリップで仮押さえ。
専用ローラーを用い、押さえゴムをはめ込んでいく。最後にはみ出した網をカッターで切り落としてできあがり。
ぜったいに曲がったりたるんだらいやな、几帳面な方はこちらが参考になるかも。うちは盛大にまがってたるんでいます。
ついでにガタのきたロックを締め直す。
2009年4月 5日
DV-800AV チューンナップ
最近メーカーはSACDに不熱心のようで、特にマルチチャンネル音声はそんな規格あったけ、と言わんばかりのひどい状況。高級機でも2chのみという機種ばかりになってきた。
そこで本機の登場。
でも電源インレットはしっかりしているようでもアースのない2P。天板は薄い鉄板で叩けばボヨンと安っぽく響く。
まずは3Pのインレットを買ってきて付け替える。
アースはアナログ音声基盤から落としてみた。実際にはシャーシや電源基盤、アナログ映像基盤のアースも導通している。
天板にはホームセンターから買ってきた 5 mm 厚のゴム板を貼る。一面が粘着面になっている好都合のゴム板が売っている。右側面のゴムが短いのは、張っていない部分に電源基盤の電磁シールドカバーがかかるから。こんな簡単なことで天板はずっしり重くなり、叩いてもボソッと鈍い音になる。
もっとも買って一度も鳴らさないうちに改造してしまったので、前後の聴き比べはなしの完全な自己満足の世界です。
組み直して3P電源ケーブルをつなぎ、動作確認。フツーに動作している。
ところでセリフを空で言える程良くみたこの The Matrix、実は最初に購入したのは米国版でした。DVD普及期の当時、映画DVDの日本発売は米国より1年遅れでした。我が家には他にもリージョン1のディスクがたくさんあり、リージョンフリー再生環境は必須です。
米国版の方は当然吐き出されます。
ここでリージョンフリーのファームウェアの出番です。こちらを真似してやってみました。以下、作業中の画面のキャプチャです。
まずこちらからファムウェアーを入手。DV-800AV/-LX50/-58AV の Multiregion というのをダウンロードしCD-RWに焼く。CDのボリューム名は PIONEER とする。
このディスクを入れるとシステムがファームウェアを認識する。リモコンのプレイボタンを押して作業スタート。ところで PIONEER というボリュームラベルの全然関係のないデータディスクをいれたらどうなるんだろう。って、当然署名がはいっているんだろうな。
ファームウェアの読み込み。
ファームウェアの書き換え。
このあとディスクトレイが飛び出してフリーズしたように見える。上の画面が暗転したらディスクを除き、電源を長押しして強制終了する。
次に電源を入れるとフツーに初期設定画面が現れるので設定を済ませる。
初期設定メニュー終了。ここが肝心。ここでリモコンの決定ボタンを長押しして強制終了する。
リージョンフリーとなった。
2009年1月25日
PCの修理 2
今度は電源部の修理。焼損した(と思う)FETは国産でなく、某商社に見積もりを依頼すると、最低5個で¥10,448 という法外な値段。このFETとケミコンを交換したところで作動する保証もなく、あきらめた。代わりにヤフオクで ¥3,780 で picoPSU-90 という超小型電源をゲット。ACアダプタはオリジナルを使いまわし。元のACアダプタが 12V 5.0A とあるので、この 90W の電源で十分と判断した。
当初 picoPSU のケーブルにこのPCのケーブルをつなぐ極性変換アダプタを自作もしたが結局市販の分岐ケーブルの方がすっきりした。電源ジャックの固定が思うようにならずむき出しのままだ。
試しに Linux の某ディストリをインストールしてみた。ブートが不調でなかなか一度で立ち上がらない。一度起動すれば問題なさそうなのだが...
2008年12月28日
PCの修理
本当の修理ネタである。 お恥ずかしいかぎりだが初代サーバーのPCを接続ミスで壊してしまった。 2.5" ディスクのIDEコネクタ接続が一列ずれていた。気がついてディスクを外したら CD-ROM だけならブートする。ここでやめておけばよかった。ディスクを正しくつなぎ直してもう一度起動... しない。ハンダの融けるようないやな匂い。壊れたディスクを通して過大電流が流れたのだ。
これをみすみす捨てたのでは「修理のシュウ」の名が廃る。ところでこのタイトルは、電話で下の名前を聞かれたときに「オサム、修理のシュウです」と言うことにしていることから由来している。
見るとケミコンがパンクしている。これはマザボのケミコン。電源基盤(正確に言うとACアダプタからATX電源を作り出すDC-DCコンバータ)のケミコンもあちこちパンクして、MOS FET もひとつ焼けている。
マザボの修理にかかる。パンクしたケミコンを外す。ハンダ吸い取りがうまくいかず、ランド穴に詰まったハンダをミニドリルで削る。
取り除いたケミコンは 1500 μF だが地元のショップで手に入ったのは 1000 の次は 2200 μF。ま、こういう場合大は小を兼ねるということで。しかしサイズも大でこのような苦しい実装になってしまった。
ところで作業工程でCPUのすぐ横のケミコンを一つ外してあることがわかった。基盤のパターンからしてたぶん同じ 1500 μF。このベアボーン特有のヒートシンクを取り付けるのに邪魔になるからだ。この辺、割といい加減なのね。
余っていたATX電源を(なんでそんなもん余ってるの!)持ち出して電源ON。ブートした!マザボを救済できた。気を良くして次は電源だ。焼けたFETの新品を探しにかかろう。
2008年12月20日
LAN 2枚挿しの仮想PC
要するに当家のサーバーの仮想化である。サーバーはCF2枚を RAID1 としたのでとりあえずディスクトラブルの心配は遠のいたのだが、本体の方がトラブったらどうしよう。心配しだすときりがない。8年使った DELL のデスクトップがとうとう起動しなくなって、この夏今度はHPを新調したところだった。メモリなどリソースに余裕もできたことだし、非常時に備えこのHPデスクトップにもサーバーのクローンを仮想化して入れておくことを思いたった。
当家のサーバーはLANカードを2枚持ち、このようにサーバーの他ルーターとしても機能している(実際にはLAN側に無線アクセスポイントもブリッヂしている)。
サーバーがダウンした場合:
新しいデスクトップにLANカードを追加し、このように仮想OSにサーバーをさせようという目論見だ。ホストのデスクトップは Vista Home Premium。図では表現しきれないが、eth0 はゲストOSに占有させる。eth0 は DHCP client である。物理 eth1 はホストとゲストの共有である(同じサブネットの異なるIP)。
それが案外、一筋縄でいかなかった。
仮想PC環境だが、まずは VMware Player を試した。ところがネットワークの設定がうまくいかない。vmnetcfg.exe を起動してみても巷の情報のように VMware の仮想ネットワークインターフェイスにホストの特定の物理デバイスを割り当てることができないのである。VMware Server も同じであった。
次に試したのが Virtual PC 2007。これは良い。VMware Player と違って完結した環境で新規仮想マシンを作れる。ネットワークの物理デバイス割り当ても一発だった。しかーーし。なんとUSBに対応していないのである。CFなど物理メディアで実機と行ったり来たりしたい私には耐え難いことです。因みに Virtual PC は Home Premium に正式に対応しておらず(でも一応動いた)またホストに Linux OS はこれまた正式に対応していません。グラフィックなデスクトップはまずだめでしょう。
その次に試したのが VirtualBox。これも良い。楽に新規仮想マシンを作れる。しかーーーーし!VMware も Virutual PC も、ネットワークはプロトコールを物理デバイスにバインドすることでブリッヂやNATを実現している。それに対し、VirtualBox はゲストの TUN/TAP デバイスをホストの方で物理デバイスとブリッヂする。Windows OS は、ブリッヂを一つしか作れないのである!!つまり仮想PCにLANはひとつだけ。
幸いNHCという大変有難いソフトのお陰でディスクイメージは相互変換できるので、一時は稼動は Virtual PC、ディスク書き出しは VMware Player という苦肉の策も考えたのだが… VMware の virtual network editor が使えないのはどうしても納得がいかない。いや、もしかして… とうとう VMware Workstation に手を出してしまいました。いや、大枚はたかなくとも評価版があるんです。30日の時限爆弾を抱えた。そしたらやっぱすんなりじゃないですか。
これが欲しかったんですよ、これがあ。この virtual network editor の件、結局有償製品との差別化だったんですね。越後屋よ、お主も悪よのお。いや違った、タダで済まそうとする私が悪いんです。
まとめ。
|
VMware Workstation |
VMware Player |
Virtual PC |
VirtualBox | |
| 仮想PC新規作成 | ○ | × | ○ | ○ |
| 物理LAN割り当て | ○ | × | ○ | 1枚だけ |
| USBメディア | ○ | ○ | × |
○ |
さてこの VMware Workstation 評価版の寿命が尽きて、残った仮想PCは VMware Player でどう作動するか。やっぱり元通り物理デバイス割り当て不可だろうなあ。
VMware Workstation はぶっちぎりよくできていて、これじゃあ Microsoft ももはや張り合う意欲も失せているだろうから Virtual PC には今後活発な開発は期待できない。VirtualBox は活発に見えるがネットワークは今後も TUN/TAP ドライバで対応だろう。ホストOSが Linux OS なら何の障害にもならないのだが。
2008年8月16日
ロールカーテン取り付け
築8年。洗面所のブラインドが壊れた。
ここについていた、羽根の向きを調節する棒が折れた。新品に取り換える。
今更ながらマニュアルを web で探して、ブラインドをはずす。新しくつけるのは何千円かで売っていた障子風ロールスクリーン。丈はぴったり、幅は窓枠よりはみ出している。基本的に紙と竹でできているのを目視確認し、買って帰る。

端を 16 cm 切り落とす。まずは木でできている上下の枠から鋸で切断。

竹ひごの骨を 16 cm のところでニッパで切断。

あとは紙を裁ちばさみで切り落とす。

窓枠に取り付け。左の切り落とした側の金具も 16 cm 内へつけ直してある。ヒモも同じだけ短くした。

こんな感じ。障子風に見えるだろうか。何だか安物感が拭えない。って、安物ですから。金具部分を隠したら良いだろうか。
2008年4月13日
リフトスタンド
'99に購入したヤマハ DT230 Lanza。あまり乗ってもいないがそれにしても殆どメンテらしいことをしていなかった。ひとつにはメンテナンススタンドがなかったから。そこで DRC HC2 を通信販売でゲット。
チビな私は車高を下げられるだけ下げていたので、スタンドは一番低くしてギリギリ入った。リフトスタンドで上げ下げがとてもスムーズ。やはり全然作業効率が違う。今日はパーツクリーナーなど残り物だけでやや中途半端に終わったが、それでも久しぶりにチェーンがきれいになった。
2008年3月 9日
VAIO C1 にシリコンディスク

1998年9月発売の PCG-C1(無印)。プレゼンに使ったこともあったが PCG-U101 を購入してからはお蔵入り。しかしフルサイズに近いキーボードは U101 よりはるかに実用的。昇天したサーバー用フラッシュディスク TS8GIFD25 が保障期間内であったのでメーカーにクレームしたら新品と交換してもらえたのだが結局サーバーには使わなかったのでこの PCG-C1 に入れることにした。もとは FUJITSU MHD2032AT (3.02GB)。
ボディはネジ7本で固定されている。たったこれだけ。
液晶パネルを開けボディ上面のフレームを外しにかかるとさっそく上下を結ぶフラットケーブルに阻まれる。仕方ないので細いドライバーなどを差し入れてフラットケーブルを外しにかかる。
キーボードをボディから外して大きく開いたところ。結局ボディの上下を外した狭い隙間からフラットケーブルをいじるよりも先にキーボードを外して浮かせれば楽だった。左下に目的のHDDが見えている。
マザボを納めるボディ底面が完全に外れた。
HDDを外す。
SDDを装着、逆の順に組み直してできあがり。
Windows のお引越し
通常はここでリカバリCDからクリーンインストールだろうが、古いHDDは元の Windows 98 マシンには程遠い Me アップグレード状態。インストールとは要するに必要なファイルを揃えること。古いHDDからのコピペを試みた。
<方法1>
別マシンで GNU PartED Live CD を起動、MBRはddして、次に Windows パーティションを GNU PartED でコピーした。リサイズはなし。しかし結果は Invalid system disk となって BIOS が拒絶。
なぜだろう。新しいディスクも BIOS のサポート範囲の8GB。GNU PartED の決めたディスクのジオメトリー (255H/63S/987C) が気に食わないのだろうか。確かに BIOS menu をいじってみるとHは最大15まで。
<方法2>
難しく考えずに今度は古いHDDをddでSDDの先頭にベタコピー。今度は普通にブートした。しかし GNU PartED で partition を一気にディスクいっぱいに拡げる途は閉ざされた。
SDDに換装してとても静かになった。今まではシークのカリカリ音以上にスピンドルのうなりがうるさかった。今はとても静かで起動音が一層うるさく感じる。バラしたときにいっそスピーカーを断線しておけば良かったと思うぐらいだ。
2008年2月28日
シリコンディスク RAIDサーバー
今までディスクレスと書いたがシリコンディスクが正しかったと思う。当方のサーバー、合性問題からCFもフラッシュディスクもだめ、と結論していた。そのうちIDEケーブルを抜き差ししていたらコネクターが割れてバラバラになった。新しいケーブルにしてみたらなんだ、ちゃんと動くじゃないですか。ただのケーブルの不良でした m(..)m
それでしばらくフラッシュディスクでサーバーしてました。
1月に代替えサーバーを稼働して、OSのバージョンアップを始めたら、そのフラッシュディスクにIOエラーが出始めてそのまま昇天。本稼働中でなくてよかった(^^;
ディスクの故障はいつも心配。壊れたフラッシュディスクはメーカーが交換に応じてくれたのだが、新品を待っている間にRAIDを思い立った。底値を抜けたとは言え圧倒的に安価なCFが、最近では転送速度も向上、ultra DMA までしている。一昔前のHDDと同じですね。で、CF TS4GCF266 を2枚、放熱にも有利なように小さなCF-IDEアダプタ CF1LED1001 を介してマザボに直挿ししてみた。
とても具合良いのだがわずかに高過ぎて飛び出してしまった。仕方なく上のように紙クリップをつけてフタを浮かせてみた。
少しフタが浮いているのがわかるだろうか。
2007年11月 4日
柱の塗装
モルタルの作業の合間に柱の塗装。
ここ、ガレージ入口の柱は水をかぶるので特に傷みが激しい。下端は完全に塗装がはげて青く苔っぽくなっている。
少しサンドペーパーをかけてみるが青みは取れないのでそのまま上からキシラデコール(バリサンダ)を塗る。塗膜は作らず、木に浸み込んでいく感じ。気安く塗れる。
下のモルタルには何の覆いもせず作業を始めたら大きな染みを作ってしまった。柱は特に下端こそ厚く塗りたかったのでこの有様である。プロならどうするのだろう。
犬走りの修繕
今度は犬走り。基礎本体から分離して大きな亀裂が走っている。
ホームセンターでモルタル修繕の資材を調達。太いチューブが床用、細い方が壁用のモルタル。
壁用のモルタルをコーキングガンにセットしたところ。
まず壁用モルタルで側面を埋めにかかる。
四時間程待ってから今度は上から床用モルタルを流し込む。
ところが全く底なしで入れても入れても消えていく。丸一本入ってしまってもちっとも埋まらない。案の定先に埋めた側面のさらに下から流れ出してきた。
まあ、これで底はふさいだだろう。またモルタルを調達してきて続きをやろうと思う。
2007年10月14日
我が家の修繕
新築と思っていた我が家ももうすぐ築丸8年。傷みの気になるところがでてきた。
1.屋根瓦が割れている
2.犬走りの亀裂
3.柱の塗装の剝げ
大工さんに来て頂いて、瓦を見て頂いた。先々シーズン大雪の際、凍りついた屋根雪を割るとき一緒に瓦も割ったものと思う。
瓦はひとつながりに見えるが、上の列を持ち上げるとちゃんと一枚づつ換えられることを教わった。持ち上げた中の様子を教えて頂く。
押さえの道具(小さな木片)と銅線を分けて下さる。つまりこの次は自分でやれ、ということ。
犬走りのモルタルや柱の塗装も自分でホームセンターで資材を調達をしなさい、とのお達し。
2007年6月28日
続々ディスクレスサーバー
フラッシュディスクとは相性の悪いもう一方のVIAマシン。こちらはUSBからブートできる。で、200倍速を謳うUSBを用意してみた。

でもとても遅い。これじゃ低速で定評のある同社のPD8と大差ないじゃないか。高速って、FAT32 sequential read/write の限られた条件での話?
でも取り敢えずフリーズしないのが以前試したときと大きな違い。どちらかというとOSのバージョンの違いかも。
あ、フラッシュディスクやUSBメモリーでディスクの代用をしているのだからディスクレスというよりシリコンディスクサーバーかも。
2007年5月24日
今度こそディスクレスサーバー

CF、USBで敗退して、でも懲りずに今度はIDE完全互換を謳うフラッシュディスクを購入。でもいわゆる相性問題でしょうか、OSをインストールしても起動しません。USBでカーネルをロードしてからマウントという荒技でブートできましたがやはりすぐハングする。
そう思っていたら初代サーバーマシンが同じようなVIAマシンなのですがフラッシュディスクからあっさりブート。で、今稼働中です。

2006年10月20日
ディスクレス サーバー
サーバーコンピューターに 2.5" HDD を使用すると、連続運転に耐え切れず潰れてしまう。2.5" - 3.5" アダプタ金具を介して 3.5" HDD を無理やり取り付けるとこんなみっともないことに。
17日朝から再度ディスクレスで起動、で、今OSもデータも全てこの安物のUSBのなかに。
というか、この投稿自体ディスクレスサーバーの運用試験みたいなもんです。
... で、やっぱり死んでしまって、ディスクレスは諦めて HDD に逆戻り。みっともない HDD 剥き出しのまま運用です (;_;)
2005年2月21日
Nikon F2 フォトミック 修理
30年前の 35 mm 一眼レフ最高峰、Nikon F2 フォトミック。

ある日突然、露出計が作動しなくなってしまった。メーカーに送ったが補修部品なし、とかで返ってきてしまった。
インターネットで調べてみると修理してくれるカメラ店もあるようだが、どうも受光素子のCdSが劣化するらしい。ニコンが無い、と言っているのはこれだろうか。しかもCdSを売ってくれるサイトもある。突然動作しなくなる、というあたりは経年劣化らしくないのだが、一応部品も調達しておいてから分解を試みた。ここには分解手順も紹介してあります。
これがCdS。親切に絶縁チューブつき。

分解開始。

右がペンタプリズムと制御基盤。

見た目リング抵抗などの部品の破損したような様子はない。
制御基盤が外れた。上はCdSに被さるレンズ。

しかしこの段階でCdSにテスターをあててみると、それらしく光によって抵抗値が反応している。やっぱりCdSの経年変化らしくない。まさか、と思いつつも接点の端子を起こし気味にして組み直すと生き返ってしまった。
結局ただの接触不良だったのですね。最初はそれを疑いつつも光学系(ペンタプリズム)部品をいじる自信が無くメーカーに送ったのですが、上記サイトに分解の様子が紹介されていたので分解に取り組むことが出来ました。でもメーカーから修理不能で返ってきたのにただの接触不良だったとは... 全然調べてもみなかったのですね、ニコンさん!
新しいCdSは今のものが本当に劣化したときのために大切に保存しておきます。