2000年2月 1日
潮 平成12年2月号 第492号
富山県山田村パソコン全戸配布の「成果」。
四年前「電脳村」として一躍名を馳せた過疎の村はどう変わったのか。
(以下石橋家に関わる部分のみ)
...
「情報化」という名の「故郷を守る闘い」
率直にぶちまけると、私は山田村を実際に訪れるまでは、新聞や雑誌のそれまでの報道を読んで、村の「情報化」について眉に唾を付ける思いがした。大枚はたいて全戸にパソコンを無料配布とは、典型的な「バラマキ行政」ではないのか。全国に名前を知られたり、村民が年賀状をつくれるようになったとはいえ、それが三億円の費用対効果に見合うことなのか。しかし訪れたあと、それは自分が都市にすんでいるから、考えるのではないかと思うようになった。
「たしかに山田村の情報化が成功したかと聞かれると、私にはわかりません。産業が起きたり雇用を生むという、経済効果の裏付けはまだありませんからね。でも情報化の効果をそれだけで計ってよいものか」
と、山田村から高岡市内に勤務医として通う、石橋修さん(42)は、私に疑問を投げ返した。
石橋さんはインターネットで山田村の存在を知り、家族四人で九九年春に外からここへ引っ越してきた I ターン組一号である。今も人口が減少している村からすれば、格好のアピールとなる希望の星であり、都市生活者からすれば誰でも一度は夢見る「田舎暮らし」を実践している憧れの人でもある。石橋さんのホームページでは自らを「半農半医」と呼び、山や川でのびのび遊ぶ二人の子どもたちの様子が紹介されている。
「村の人からすれば、パソコンが来なければただの過疎村が、前向きな気持ちで『山田村に住んでいるんだぞ』と声を大きくして言えるようになったのは大事だと思うんですよ」
それは、計量化しにくい、外部から見えにくい「成果」である。だが実際に山田村に来て、住民との会話を重ねるうちに具体的な手応えと感じるのだ。...